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『産経抄』ファンクラブ 第22集

902 :文責・名無しさん:04/05/04 08:35 ID:az2CYPN3
 連休後半の日本列島の天気は崩れた。いや、雨になったから「天気が悪い」とか「空模様が怪しい」
などというのは全くおかしい。晴れた日があり、雨の日があって大自然である。雨がなければ草も木も、
すべての生き物が生きていくことができない。
 ▼風と雨は対になって呼ばれることが多いようだ。風香雨紅。黒風白雨。風調雨順。風伯雨師は風と
雨をつかさどる神様。五風十雨は五日に一度は風が吹き、十日に一回雨が降るという程度の気候の順
調なめぐりを示している。
▼できるならそう願いたいものだが、長く日照りが続いたあとドカンと大雨がきて水害になる、それが自
然というものかもしれない。レジャーや遊び優先の思想が雨を悪者にしたが、この雨でやっと落ち着いて
本が読めると喜んでいる人もいるだろう。
 ▼一年でいちばん五月が好き、といったのは清少納言だった。「五月こそ世に知らずなまめかしきもの
なりけれ」(『枕草子』二百二十一段)。「節(せち)は五月にしく月はなし」(三十九段)。むろんこの五月は
旧暦で、いまなら六月の雨の季節である。
 ▼清少納言は旧暦五月のどこに“なまめかしさ”を感じたのか。「池ある所の五月長雨の頃こそいとあ
はれなれ」という感想を記してもいる。緑したたる野山に雨が降り、草も木も人もしっとりと落ち着いた風
情を愛したのだろう。“雨読”の日々を楽しんだのかもしれない。
 ▼来春から小学校で使われる音楽教科書に、唱歌や童謡がかなり復活するという話はうれしい。格調
高い日本語を教えるのはとてもいいことだ。その一つ『夏は来ぬ』(明治二十九年)の二番目はこう歌う。
「さみだれのそそぐ山田に/早乙女(さおとめ)が裳裾(もすそ)ぬらして/玉苗(たまなえ)ううる夏は来
ぬ」(佐佐木信綱・詞)


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